不定期連載 " Sports Graphic Fimber"
イングランドのトップクラブで活躍する香川真司。
大きいとはお世辞にも言えない体躯でレギュラーを張る彼の姿に、
勇気づけられている日本人ファンは少なくないはずだ。
一方で、人知れず同時期に渡英したアマチュアの選手が、ここリバプールにいる。
しかしこのことはあまり世間には知られてはいない。
当然、押しかける報道陣もここにはいない。
仕方が無いから彼の練習風景について、
自分で自分をインタビュー取材した。
―N田選手、始めまして。本日はよろしくお願いいたします。
「よろしくお願いします。こんなところまで来ていただいて。
実は僕と同じ苗字なんですよね。お会いする前から親近感ありました(笑)。」
―ありがとうございます(笑)。早速ですが、今日の練習はどうでしたか?
正直に言って、あまりボールが回ってこなかった印象ですが。
「ピッチが広めでスペースもあったので、
トラップからのプレーを心がけていました。
でも結果的に一つ一つのプレーのスムーズさを失って、
何度もボールを取られていました。諦めてダイレクトプレーに専念しても、
ボールがことごとく繋がらなくて・・・。」
―ポジションはどこを?
「とりあえずサイドのポジションをメインでさせてもらってます。
サイドバックとか、サイドハーフとか。もともと陸上部だったので、
走ることに抵抗はないっていうか。」
―今日のチームのフォーメーションは?
「ファーガソン監督もここ最近取り入れている、
ダイヤモンド型の4-4-2です。
これが僕たちのチームにマッチしているのかどうか、
監督はこの布陣を見極めていきたいと思っているはずです。」
ーファーガソン?布陣を見極め?ちょっと唐突に出てきた単語、
という印象ですが・・・
「そうですか?ま、もしよければこちらのサイト見てください。
―何か「ぜひ見てもらいたい」という恣意的な意図を感じますが・・・
ところでチームメートにもう一人日本人らしき選手がいましたが、
コンビネーションはどうでしたか?
「あぁ、E君ですね。今日はポジションが逆サイドだったので、
連携プレーはありませんでした。今後はプレーの質を高めていって、
日本人ホットラインを作っていきたいですね。」
―何か手応えを感じた、という部分はありますか?
「うーん、そうですね・・・(しばし沈黙)。はっきりいって、
今日は何も感じられなかったっていうか。ただ思ったことは、
今の自分が出来ることは、とにかく走ることしかないってこと。
陸上部時代は、800mで京都府内ランキング10位以内に
入っていました。体格では敵わなくても、走力ではイギリス人にも
負けていないはず。だから走力が自分の武器と考えて、
次につなげていきたいですね。」
取材後、オフタイムはいつも何をしているのか、と聞いてみた。
「最近、スコーンにはまってるんです。
イギリスでの生活、結構楽しんでますよ、俺。」
と屈託のない表情で彼は言った。
インタビューでは後ろ向きな発言が終始続いたが、
裏を返せば、強がることなく自分の気持ちを素直に語っていた、
とも受け取れる。そんな彼がイギリス生活を楽しんでいるというのは、
まぎれもない本音と言っていいだろう。
今回が初の取材となったが、あえて聞かなかったことがある。
「どうしてリバプールに来たのか」ということだ。
リバプールには、エヴァートン、トランメア、そして言わずと知れた
リバプールFCという、いずれも長い伝統を持つクラブが拠点を構えている。
もしかしたら彼は、そのどこかへ移籍したいと考えているのではないか・・・。
しかし素直すぎるほどに質問に答えてしまう彼にそれを聞いたら、
彼は好むと好まざるとにかかわらず、それに答えてしまうだろう。
現状にあまりにも大きな課題を抱えている中で
今後を語ってもらうのは無粋だと思い、
取材ノートを閉じることにした。
Fimberでは、今後も不定期で彼の英国での成長を追い続けたい。
未来を語れるにふさわしい男になる、その日まで。
Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 9/13号 [雑誌]
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2012/08/30
- メディア: 雑誌
- この商品を含むブログ (2件) を見る